2018年08月24日

暑い夏

台風からの
フェーン現象で
やっつけられ気味

なっちです。

父さんの話です。
フレさんのブログのエントリーを読んで
父さんとの時間がフラッシュバックしてきました。

退職し
家でひとり過ごす時間ができ

私は
父さんのことだから
朝から家じゅうの窓を開け放ち
空気を入れ替え
部屋の隅々まで掃除機をかけ
新聞を隅から隅まで読みふけり
畑に出て野菜の世話をして
庭の木々の剪定をして
今まで父さんが出来なかったようなことを
時間をかけて楽しむんだろうな
って思って楽しみにしてた。

現実はあまりそうじゃなかった。

家族以外と会話をすることが減り
なんか意地悪なことを言ってるように聞こえる

あれ?父さんってこんな風にも感じることあるんだな

今まで知らなかった父の新しい一面を知ることも多かった。
そして夏バテなんてしたことが無かった父さんが
突然「夏バテかな、食欲がない」って言い出した。
胃薬を買ってきて飲み始めた。
どんどん落ちる食欲と目に見えて痩せていく父さん。
あきらかにおかしいと誰よりも本人が感じていたはずだ。
でも、父さんは病院へ行ってくれなかった。

どんなに食欲がないとか、風邪をひいているとか言っても
酒は百薬の長、体内をアルコール消毒すれば治る!
と飲酒を控えることなど無かった父が、ついにお酒も飲まなくなった。

現実には飲めなくなった。

さすがの父も観念して病院で検査を受けた。
すぐに胃がんが見つかった。
色々な検査を何度も繰り返した。
それも短い期間に、何度も。

母は車の免許がないので私が仕事を休み
その都度病院へ付き添い、父さんと過ごした。
母さんには好き勝手言い過ぎるので
私が一緒の方が何かとスムーズだったし
それは私も理解していた。
だが一方で、いつまでこんなに仕事を休んで付き添える?と考えてた。
これぐらいしなきゃどうする!家族なのに!
でも、仕事をこんな頻繁に休むなんて…
長い待ち時間はこんなことを考えるには十分すぎる時間だった。

父さんの病気と状態が悪くなるのと比例して
私の心の状態も実は少しずつ暗くなり悪くなってた
でも、見ないふりした。


胃を半分以上切除し、胃がんは治った。
術前の説明では、たぶん全摘になると言われていた私たちは
大喜びしたが、父は

もう胃が三分の一程度しか無い

そう言った。
間違ってない。
でも、悲しかった。
父さんにしかわからないことだとわかっていたけれど
でも、そんな風に言わないで、って思った。
でも、父さんには言わなかった。
黙ってた。


そこから父は全く回復することなく
坂を転がり落ちるように
やる気も気力も食欲も何もかも減少し
気が付けば寝たままの日々を過ごすようになっていた。

色んなレシピを調べて
色々な食事を作っても
ほとんど手も付けられず
父さんは静かに食卓を離れ部屋のベッドへ横たわった。

せっかく作ったのに。
そう思わなかった訳では無い。
何でもいいから食べて欲しかった。
私が作ったゼリーが美味しいって言ってくれたから
毎日色んなジュースを買って
冷蔵庫の中をゼリーでいっぱいにした。
父さんが食べたい、って思ってくれたことが嬉しくて
ゼラチンがいいか、寒天がいいか
のど越しはどちらが好みか
今日のオレンジジュースと、昨日のオレンジジュースの味だと
どちらが好みか
自分でも笑っちゃうぐらい必死になってた。



息が苦しい
息ができない

父さんがそう言って救急車に乗って病院へ搬送された。
父さんは筋肉が衰えて呼吸するために肺をギュッと押すことも
ごくんと何かを飲み込むことも出来なくなっていた。

そんなの、聞いてない

胃が小さくなったことを理由に
色んな理由を付けて
わがまま言って食べないと思ってた。

なんで食べてくれんの?
何か食べんと、そんなん元気になれるわけない!

食べたくなかったんじゃ無くて
食べれなくなってたのをわからなかった。
わからないまま、父さんを責めてた。







呼吸器を付け続けないとダメになる日の前夜
私の友達が病室に駆けつけてくれた夜
その次の日、呼吸器を付ける前に父さんが
チョコレート、食べたい
って言った。
もう食事なんてしてなかったし
全部点滴になってたし
水も飲んで無かったのに
チョコレート食べたいって言うから
すぐ看護婦さんに確認取ったけど
さすがにもうダメって言われて
でも飴ならいいって言われたから
売店に走って飴を買った。
呼吸器をずらして父さんの口に雨を入れたら
ゆっくりと口を閉じて
頬が少し動いて
父さんののどぼとけが上下した。
これが父さんの最後の味。
そして父さんのために買った飴の最後の一つは
まだ私が持ってる。
父さんが居なくなってから
いっこずつ舐めてた。
泣きながら舐めて父さんを思い出して
舐め終わるまでに少し落ち着こうとしてた。





父さんの食欲が消えたのは夏の終り。
私の誕生日ケーキは一緒に食べたのにね。
あの夏も暑かった。
高校野球を見ながら
扇風機の風を浴びて
麦茶に時々手を伸ばして
おっ!とか
よーしっ!って言ってた父さんはもういない。
白い花.jpg
父さん、大好きだよ。
もっと、守られていたかったのに。
まだ、甘えたかったのにな。



今日も暑かった。
posted by なっち | 富山 ☁ | Comment(1) | 日記
この記事へのコメント
エントリーを見つけちゃったので
こちらに返信をかねて書かせてもらいますね。


思い出させてしまったね。ごめん。

でもなっちさんが心配してくれた意味が
少しわかりました。

父親の状態が悪くなっていった「経緯」が
ビックリするぐらい似た状態だったんだね。

壮絶なお父さんの介護についてのエントリー。

書いてくれてありがとう。
いつも教えてもらってばかりです。


介護をする側の気持ちも
本当に本当によくわかります。

通常の生活から一変した
介護生活に対する不安。

言葉少なく、医療に向き合わない父親の治療は
実際になってみないとその大変さがわからないことが多い。

僕の父も、
人に迷惑をかけるのが嫌いな人なので

寝たきりになったら施設に入れるように
自分でいつも言っていましたが

実際はただの検査入院ですら
家族総出の説得でも絶対に受け入れませんでした。
今回救急車で運ばれてやっとです。

薬も飲まないし、食事をとらずに寝てばかり。

かつての元気な父親からすると
理解不能なことばかりですが

色々と調べていくうちに
身体の衰えや様々な体や環境の変化で
僕らが想像できないような心労やストレス
苦痛などがあることがわかってきました。

とはいえ、介護する側も素人ですし
わからないことだらけだよね。

なっちさんを始め
同じ境遇の方々は本当に大変だったと思います。

僕はこうして話を聞いてもらえて
アドバイスももらえて本当に恵まれてる。
感謝しないといけないね。
今から始まる父親への介護生活を
肩の力を抜いて頑張ろうと思います。ありがとう。


お仕事を休みながら
大好きなお父さんの介護生活。そして別れ。

その心の振り幅は想像を絶するけれど
なっちさんに見守られたお父さんは
絶対に幸せだったと思います。


夏も終盤。富山のニュースが福岡にも届いています。

体を壊さないようにね。

また来ます〜!おやすみ〜!

Posted by タイラー
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